環境?才能?努力?」東大生283名に“合格の最大要因”を選ばせた結果…「才能」と答えた人に目立った共通点
環境?才能?努力?」東大生283名に“合格の最大要因”を選ばせた結果…「才能」と答えた人に目立った共通点

環境?才能?努力?」東大生283名に“合格の最大要因”を選ばせた結果…「才能」と答えた人に目立った共通点
10/11(日) 15:54配信
14
コメント14件
SPA!
(日刊SPA!)(日刊SPA!)
―[東大卒作家・布施川天馬の教育キャリア通信]―
みなさんは「親ガチャ」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?
少し前にインターネットで流行った言葉で「親の性格、能力や親が用意してくれる環境によって子どもの限界が決まる」ことを揶揄するために使われます。
【画像】逆に、最も影響が“薄い”と思う要素は?(人数,%)
傷の舐めあいのようなイメージが強い言葉ですが、実は成功者に対しても「あいつの成功は親ガチャに当たったから」と向けられています。
際立つ人はそれなりに努力もしているのですが、どうしてもそこには目を向けられず、「才能があった」「努力できる環境があった」など、親ガチャのせいにされてしまう。
これでは「俺だって、やるべきことをやっている」と恨み言をこぼしたくなっても、無理はありません。
日本でエリートとみられがちな東大生たちは、まさに「親ガチャ当たり」の筆頭として語られがちです。では、彼ら自身は、自分の境遇をどのように感じているのでしょうか。
今回は株式会社カルペ・ディエムが実施する「東大生アンケート」にて、現役東大・東大院生283名に「東大合格の秘訣」を聞いてみました。
合格要因は「環境」が最多
今回のアンケートでは、「あなたが東大・東大院に合格した理由のうち、以下のどの要素が最も影響が強い(薄い)と思いますか?」と尋ねました。
回答者の属性は全員現役の東大生あるいは東京大学院生で、回答者数は283名でした。選択肢は「環境・地頭(才能)・努力」の3つから選ぶ形式で、無効回答はありません。
まずは「影響が強かった」方は「環境」が154名、「地頭」が74名、「努力」が55名となりました。
東大生の同級生などと話していても、ほとんどの人が「環境が良かった」「運に恵まれた」と答えます。
「才能があったから」と答える方は、地方の公立校から進学された方などに多い印象です。「環境」派の中には、それを挙げた理由として「親ガチャ」とだけ記す人もいました。
環境と答える方が多いのは、資金面以外にも様々な点で恵まれていると実感しているからでしょう。
「東大志望を公言しても浮かない」「中学受験に参加できる地域に住み、十分な資金力がある」などが挙げられます。中には「浪人を許してもらえた」「自然と学問を好きになれる環境だった」という声もありました。
実は、進学校における最大の利点とは、たくさん勉強を教えてもらえることではありません。首都圏進学校に通う学生の大半は、むしろ勉強機能を進学塾に頼っています。
塾はどの学校からでも入れるのに、わざわざ大金と時間を費やして中学受験に熱狂するのは、「進学校は、より発展した学びにアクセスする機会や環境が整っているから」なのです。科学オリンピックやビジネスコンテストの出場者も多く、学習に前向きになりやすい環境が整っています。
一方で、「才能」「努力」と答えた方の理由を見ると、「地方」「田舎」「公立」といった言葉が目立ちます。
東大生のおよそ60~70%程度は首都圏出身者で固まると言われており、地方だと学校や予備校のサポートが不十分な場合もしばしば。「環境」が54%、「才能」「努力」が46%と出たのは、ある種自然なことでした。
東大合格に「才能」は関係ない?
逆に「影響が薄い」と答えたほうの内訳は、「環境」が59名、「地頭」が120名、「努力」が104名という結果に。
「地頭」を挙げた方の中には、「自分はIQが低いけれど東大に合格したから」「家族を見ても才能があるとは思えない」と、ある種「親ガチャ」につながるような意見や、「自分より才能がある人がたくさんいる」ことを理由にする方も見受けられました。
実は、受験街道を勝ち続けてきた地元のエリートが、東大に来て心を折られてしまうことも少なくありません。そもそも、東大に来た時点で「東大に入れる程度には能力がある」わけですから、「東大合格レベルの頭脳」でも「図抜けて優秀である」ことの証明にならないのです。
勉強ができることだけがアイデンティティだと、「勉強ができて当たり前」の空間に来てから、「じゃあ君は何ができるの?」に答えられません。
「がり勉は東大で生きていけない」と言われますが、”勉強程度”に四苦八苦しているようでは、進学後のQOLが著しく低下することは、間違いないように感じられます。
そういった意味では、「最低限の地頭」が、むしろ必須なのではないかと疑いたくなります。自分たちが「最低限」を突破していることに気付いていないのかもしれません。
「凡人」だと思い込みたがる東大生たち
今回のアンケート結果では、最も重要な要素として「環境」が、最も重要でない要素として「地頭」が挙げられました。
実は、東大生は意外なほど謙虚で、「自分は普通です」と答える人が大半です。「東大合格程度なら努力や環境で何とかなる」と真面目に考えている人も少なくありません。
しかし、ハーバード大学の哲学教授マイケル・サンデル氏は著書『実力も運のうち』の中で、能力主義社会について警鐘を鳴らしています。
「能力により暮らしが決まる」のであれば、敗者の言い訳が「自分のせい」以上になりません。勝者が敗者を正論で殴るだけなら、殴る方こそ気持ちがよくなっても殴られる方はたまらない。これが「分断」を生みかねないというのです。
なぜなら、どれどれ美辞麗句を並べ立てても、才能と環境による先天的な差の存在は否定できないから。逆転の美談はあふれていますが、それを可能にするには、それだけ「才能」が必要です。
私自身、足立区の世帯年収300万円台で借金まみれ、母の入院や父の無職といった極限の環境から、約1年半の学習で東大に合格しました。人生が変わったのは間違いありませんし、この経験を評価いただいて『東大式節約勉強法』(扶桑社)を上梓する機会を頂きました。
内容は、私が考え出した「確実に期間内に結果を出すメソッド」であり、なるべく丁寧に、高校生当時の自分でも実行できた方法を記述したつもりです。しかし、私は恐らく才能に恵まれています。昨年測ったIQテスト(WAIS-Ⅳ)では総合137で、少なくとも無いわけではなさそうでした。
謙遜が親ガチャを加速させる
東大生の謙遜は、自己防衛に近いものです。才能や環境をひけらかしても、強者に殴られるか、弱者に妬まれるかの2択になってしまうのですから。ただ、この謙遜が悪い結果を招きかねません。東大生の「普通」は、要求されるベースラインが高すぎて、本当の「普通」の人には手が届かないからです。
彼らは励ましのつもりで「普通にやればできるよ!」と呼びかけますが、「普通」どころか、必死にやっても目標に届かない人が世の中の大半を占めることを、理解できていないのかもしれません。
「親ガチャ」を叫んで腐ることに意味があるとは感じません。しかし、それを正論で叩きのめすことに、どれほどの意味があるでしょうか。
親ガチャは現実に存在するからこそ、「できる範囲で、できることをやってみる」以上を求めるのは、強者の一方的な攻撃に転じてしまいます。
必要なのは、分断された相手への攻撃ではなく、積極的に交遊せんとする姿勢を持つこと。弱者との関係性は常に権力や能力によって一方通行的ですが、これを相手に悟られてはならないのです。
表面的にでも友好的なふるまいを崩さず、間違っても攻撃性を発揮しない。下手に逆恨みなんてされたら、とんでもないことになりますから。謙遜こそが、巡り巡って自らの身と社会的立場を守る最善の選択肢となり得ます。
だからこそ、才能にも環境にも恵まれているであろう東大生は、口をそろえて「自分は普通です。両親や先生のおかげです」と答えるのです。「普通な人」に紛れ込むことで、己の身を守るために。
しかし、実際には「普通」をアピールするほど、「普通以下」の人々からの嫉妬は注がれていきます。自分が如何に規格外な存在かなど、少しでも学校や塾の外に出ればわかるはず。
ですが、幼少から進学校コミュニティでしか過ごしていないからなのか、自身の異常性を全く理解できていないように見えます。受験勉強のエリートも、社会勉強はまだまだ足りていなかったのかもしれません。
<文・布施川天馬>
―[東大卒作家・布施川天馬の教育キャリア通信]―
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。