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乳がんの妻は切ない表情を浮かべていた

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夫の「頑張れ」の声掛けに、乳がんの妻は切ない表情を浮かべていた…緩和ケア医が考える終末期に必要なこと

1/9(金) 11:04配信 2026



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読売新聞(ヨミドクター)

国立がん研究センター東病院 私のがん診療録

 日本人の2人に1人ががんを経験するといわれています。がん患者と向き合う医療者は、日常の診療の中で何を思い、感じているのでしょうか。国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)の医師らが語ります。今回は、患者の心身のつらさをやわらげる緩和医療科長の三浦智史さんです


がん以外も…緩和ケアを巡るWHOの定義はこちら


やさしさ届ける緩和ケア


三浦智史さん


 「健康ってどんなこと?」と聞かれると、多くの人は「体が元気なこと」と考えるかもしれません。しかし、年齢を重ねたり、病気を経験したりすると、体の機能だけでなく気持ちや周囲の環境も変わっていきます。


 2011年、オランダの研究者は「健康とは、自分の体や心、周りの変化にうまく適応していく力である」と、新たな健康観を提案しました。私はこの考え方が、緩和ケアを考える上でとても大切だと感じています。


 実際の診察では、病気によって変わる体や心に合わせて、患者さんが少しずつ生活を整えられるよう、今の状況や、これからのことなどについてお話ししています。皆さん、悔しさやつらさ、不安、怒り、そして時にはうれしかったことや周りへの感謝など、さまざまな思いを語りながら、できる限りそれまで通りの生活を続けようと懸命に過ごされます。


 やがて、「悔しいけど仕方ないのか」と、その時々の体や心の状態に合わせた暮らしをされるようになります。がんという病気によって変化する体や心に患者さんが少しずつ歩調を合わせていく――その過程を黒子のように裏方からそっと支えることが、緩和ケアだと私は考えています。


 緩和ケアというと、特別な医療を思い浮かべるかもしれません。しかし、やさしい言葉をかけたり、相手の気がかりに耳を傾けたりすることも、立派なケアのひとつです。それは、専門家や医療者だけが担うものではありません。ぜひ皆さんにも、身近な人にそっとやさしさを届けていただけたらと思います。


「治療が終わった後」の相談も

 緩和ケアとは何か、どんなことを心がけているかを聞きました。(聞き手・道丸摩耶)


――緩和ケアと聞くと、「終末期」というイメージが強いです。


 一般的にはまだそういうイメージが根強いですが、国は、緩和ケアを「診断時からの緩和ケア」として、診断されたときから全ての医療従事者が提供するものと定めています。


――医療現場で行える「緩和ケア」にはどのようなものがありますか?


 症状が強かったり、対処が難しかったりする場合は専門的な緩和ケアが必要ですが、痛みを訴える患者さんに痛み止めを使う、不眠を訴える患者さんに睡眠薬を使うなど、通常の医療での処置や薬の処方も基本的な緩和ケアです。また、病院を受診した際に、医師や看護師から優しい声掛けを受けたとして、それも基本的な緩和ケアのひとつとなります。さらに、患者会や正しい情報源の情報をお伝えし支援することや、拠点病院に設置されている相談窓口などをお伝えすることなども含め、患者さんが正しい情報にアクセスでき、相談できる環境にあることも基本的な緩和ケアに含まれます。


――東病院の緩和医療科では、どのような緩和ケアを行っていますか?


 薬を飲んでも痛みなどの症状が強い人や、苦しいとか弱ってきたなど、何らかの症状が強く出て受診される患者さんに対応しています。また、がんの治療が終わった後、どんなふうに生活していけばいいかといった相談にも乗っています。希望や必要に応じて、相談支援室と連携しながら、訪問診療や近隣の緩和ケア病棟などにもつなげていきます。


――「治療が終わった後」については、どのように説明されるのですか?


 まず、本人に自分の病気のこと、体の変化を理解してもらうようにしています。元気な状態が続いてある日ぽっくり亡くなるのではなく、体はだんだんと弱っていきます。弱る体とどう付き合い、どう過ごしていきたいかを一緒に考えます。すぐに皆さんが理解し、生活を変えていけるわけではありません。本人だけでなく家族も同様で、むしろ本人は自分の体だからよく分かるけれど、家族はいつまでも元気で長生きしてもらいたいために、「頑張れ」「頑張れ」と励まし続けてしまい、本人がつらい思いをすることもあります。


――家族の方が理解できないこともあるのですね。


 以前、乳がんの患者さんを担当した時のことです。年齢的に若かったこともあり、旦那さんが「頑張れ」「まだいける」と声をかけ、そのたびに患者さんは切ない表情をされていました。ところが、いよいよ厳しいという状況になって初めて、旦那さんの態度が変わりました。「頑張れ」といった言葉を使わなくなり、奥さんに寄り添うようになったのです。限られた短い時間でしたが、旦那さんへの感謝や、残していく子供をどう育ててもらいたいかなどをお二人で話すことができたと患者さんが笑顔で教えてくださり、大事な時間を過ごされたようでした。


――旦那さんを説得されたのですか?


 私たちは患者さんやご家族の気持ちを伺い、見守りながら、医学的な情報やケアを提供しますが、相手を変えることはできません。その方の場合は、ある時すっと旦那さんの態度が変わったのです。それによって奥さんの表情もすごく変わり、家族の対応によって本人の様子がこんなに大きく変わるんだなと感じました。




「あなたに私の気持ちが分かるのか」

――若い方だと特に、受け入れがたい気持ちが強いのではないでしょうか。


 若い方のほうが、ご高齢の方と比べると、受け入れがたい気持ちは強いかもしれません。配偶者や小さい子供や親のこと、懸命に取り組んでいる仕事のこと、思い描いていた未来が失われてしまうことなど、想像できないほどのつらさがあると感じます。ご高齢の方たちも受け入れがたい気持ちは抱えているものの、「仕方ないか」とお話しされる方は多いように感じます。


――受け入れてもらうために行っていることはありますか?


 例えば奥さんががんであれば、旦那さんに、奥さんの変化をどう感じているかを聞くようにしています。旦那さんの前で、本人に最近の調子を聞くこともあります。そうすると、「しんどい」や「つらい」、「私は難しいと思っている」といった本人の声を旦那さんが聞くことになります。始めのうち、旦那さんは認めたくなくて、途中で「何を言っているんだ」と遮ったりしますが、どこかのタイミングですっと入っていく気がします。


 患者さんもご家族も、どのタイミングで状況に合わせた過ごし方をされるかは人それぞれです。「分かりました」と受け入れるのではなく、「悔しくてつらくて仕方ないけれど、どうにもしようがない」とお話しされながら過ごされる感じで、「諦観」に近いと思っています。


――緩和医療科の果たす役割は大きいのですね。


 病棟や外来の看護師さんやスタッフ、いろんな人の声掛けや日々の関わりの中でちょっとずつ変化が出てくるもので、私たち緩和医療科の力とは決して言えないです。医療者が変えるものではなく、患者さんやご家族が気づきを得て自ら変わるものなのです。その気づきをどうやって促せるかのケアを少しずつ提供していくのが緩和ケアの役割のひとつだと思っています。道端の石ころのような存在です。


 患者さんはひとりとして同じではなく、いろんな思いを抱えています。気になることやつらいと感じることも人によって違います。もちろん体がだんだん弱っていく大きな流れの中で共通することはありますが、その患者さんがどう変化していくかは分かりません。日々、患者さんやご家族に教えていただくことばかりです。


――患者さんに言われた言葉で印象に残っているものはありますか?


 かなり前の話ですが、「あなたに私の気持ちが分かるのか」と言われたことがあります。60歳代の女性の患者さんでした。「分からないけど、分かりたいと思う」と答えたら、「それならよし」と言ってもらいました。「分かると言われたらぶん殴ろうかと思った」ともおっしゃっていましたが、それは当然のことです。だって、患者さんと私とは別の人間ですから、患者さんの感じる気持ちは分かりません。想像したとしてもそれは私の思い込みになり、思い込みは患者さんと私の間にズレを生んでしまいます。だから、どう感じているか、考えているかを伺って、教えていただいています。


 うれしい言葉もたくさんかけていただきますが、印象に残る言葉を聞かれて思い浮かぶのは、この患者さんです。多くの患者さんとかかわる中で、私たちはつい患者さんのことを分かった気になりがちですが、そのたびにこの言葉を思い出して自分を戒めています。


みうら・ともふみ

 2004年、新潟大学医学部卒。長岡赤十字病院を経て、11年から国立がん研究センター東病院。22年から、緩和医療科長。