そうか、これが“がんになる”ということか」…膵臓がん患者が、自分より高齢の入院患者を妬ましく思った瞬間 病人同士を隔てる“深い溝”とは
そうか、これが“がんになる”ということか」…膵臓がん患者が、自分より高齢の入院患者を妬ましく思った瞬間 病人同士を隔てる“深い溝”とは

1週間後、検査の結果が出て、膵臓がんであることが確定した。
そうか、これが“がんになる”ということか」…膵臓がん患者が、自分より高齢の入院患者を妬ましく思った瞬間 病人同士を隔てる“深い溝”とは【第5回】
8/30(日) 9:02配信
3
コメント3件
デイリー新潮
モラトリアムの終わり
旅行気分で出かけた入院体験が教えてくれたこと(著者撮影)
大学卒業後、テレビ局で数多くのドキュメンタリー番組や教育番組の企画・制作に携わり、退職後は大学でメディア論について教えてきたY・Jさん(62)。その日常は、2024年7月に大きく変化しました。最初の宣告からまもなく、Y・Jさんは入院し、手術へと臨みます。【Y・J/大学教員、映像作家】
【写真を見る】最初の宣告後、初めての精密検査へと向かう道中、目に飛び込んできたのは…がん患者という“新しい世界”を生きる筆者の近影
※個人情報およびプライバシーに配慮し、内容の趣旨を違えない範囲で一部の表現を変更しています。
宣告を受けてからの1週間をモラトリアムだったと書いたが、モラトリアムがモラトリアムだとわかるのは、モラトリアムでは無くなってからのことだ。
最初の宣告を受けてから1週間後、私は都心にある病院に出かけた。CTでがん細胞だと疑われた部分がほんとうにがんなのか、内視鏡手術で細胞を直接採取し、検査するためだった。
体の負担は少ないが、2泊3日の入院が必要とされた。
私は少し浮かれた気分で病院に行った。
「最悪の妄想をしつつも大したことがなかった1週間」という“実績”、そして爽快な青空と騒がしいセミの声に高揚感を覚えていた。この前に入院したのも15年以上昔のことで、珍しい経験を楽しみつつ、配信で映画を見まくろうと考えていた。旅行気分だ。
――しかし、それは強がりに過ぎず「がん世界の住人である」という現実をできるだけ感じないようにしたいという心のバリアだったと思う。一方、入院は揺るがない現実だった。
人生で感じたことのない心の動き
最初は病室だった。壁に設置されたたくさんのバルブや電源、ナースコールのボタンが、視覚的に「自分が病人である」ことを自覚させてくれる。続いて入院食の匂いや、どこかから聞こえる点滴の制御アラート。ベッドには転がり防止の柵があるが、外したらナースにたしなめられてしまい、そうした小さい出来事のひとつひとつが、じわじわと胸に押し寄せてくる。
幾度となく入退院を繰り返した今となってはあまりに初心だったと思うが、入院して1時間ほどでカラ元気の高揚感は萎んでいった。
初日の夜、その後のがん生活に影響を与える出来事が起こった。
私が入院したのは4人部屋の通常ベッド。ほかの3台のベッドも入院患者が使用していて、どうやら年齢は私よりもかなり上らしい。それだけでなく、ナースとのやり取りから、どのような病状で入院しているのかも、ある程度は推測できてしまう。何人かは私よりはるかに高齢であるが、病状は軽いということが感じられた。
そして私は「がんではなさそうな高齢の入院患者」を羨ましく、妬ましく思っていることを自覚した。
それまでの人生で感じたことのない心の動きだった。自分でもとても驚いた。がん世界と非がん世界の違いは病人か健康かの違いではないという事実。治癒が前提の病人と、完治が難しい病人の間に横たわる深い溝。そんなものがあるなんて考えたことがなかった。
「そうか、これが“がんになる”ということか」と思った。
「面倒な感情だな」とも思った。これから友人や仕事仲間と関係を続けようと思ったら、どこかで彼らと自分を比べて嫉妬したり、自分を憐れんだりしてしまうに違いない。その感情に潰されないように、こなさないといけないと思った。どうすればいいのかはわからないが。
「病人であるという自覚」
入院2日目、私は手術室に運び込まれた。
手術室までは通常の動線とは違う専用のルートがある。特別なルートを通って特別なエレベーターに乗って移動する間、患者はストレッチャーに寝かされ天井を見るしかない。なす術のない自分が受動的で小さい存在に感じられる。
そして手術着の心許なさ。不測の事態に備えて処置がしやすいようになのだと思うが、薄く脱がせやすいようにできている。体感としてはスースーする。さらに手術室は機材が多いせいか、あるいは薬品のせいか、少し気温が低い。
笑顔で語りかけてくれるスタッフには申し訳ないが、これら全てがホラー映画の始まりのような没入体験だ。緊張するなといわれても難しい。
こんなとき私は“好奇心モード”に切り替えるのが常だった。緊張している自分を放置するより、面白そうなものを見つけて観察したり質問したりする。そうしている間に多少なりとも主体性を取り戻すことができる。
私はかつて胃カメラで辛い思いをしたことを思い出し「途中で意識を取り戻したりしないですか?」と聞いた。スタッフは「麻酔が効いてますから心配ないですよ」と笑った。
これだけで気が楽になった。
気がついたら自分の病室のベッドにいた。体に不調はなかったが、ナースの気遣いや薬の量は「おまえは病人なのだ」と告げていた。
最初の入院で体感したことの全ては「病人であるという自覚」を促し「がん世界のリアル」と向き合う心構えを与えてくれたように思う。
1週間後、検査の結果が出て、膵臓がんであることが確定した。
Y・J
1963年生まれ。京都大学大学院を経て、テレビ局に就職し、数多くのドキュメンタリー番組や教育番組を手掛ける。退職後は大学に転職し、現在も教員としてメディア論や社会学などを教えている。
デイリー新潮編集部
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。