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“新興宗教”の信者のためにつくられた駅」という噂は本当か? 丸ノ内線のとある駅に“都市伝説”を検証しに行ってみた結果

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“新興宗教”の信者のためにつくられた駅」という噂は本当か? 丸ノ内線のとある駅に“都市伝説”を検証しに行ってみた結果







“新興宗教”の信者のためにつくられた駅」という噂は本当か? 丸ノ内線のとある駅に“都市伝説”を検証しに行ってみた結果

7/26(日) 7:00配信



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東洋経済オンライン


方南町で出会った謎の男性 (写真:筆者撮影)


この連載では、一般的な「住みたい街ランキング」には登場しないけれど、住み心地は抜群と思われる街をターゲットに定め、実際に歩き、住む人の声と、各種データを集めてリポート。定番の「住みたい街」にはない「住むと、ちょっといい街」の魅力を掘り起こしていく。

「盲腸線」の先にある行き止まりの駅には人や文化、歴史が流れ着き、そこにとどまる。きっと「住むとちょっといい街」だ。今回は丸ノ内線の方南町を歩いてみた。


【写真を見る】「“新興宗教”の信者のためにつくられた駅」という噂は本当? 丸ノ内線のとある駅に行ってみた


■「盲腸線」と呼ばれる路線の話


 東京メトロ丸ノ内線の中野坂上駅から、本線を離れてぽつんと一駅、また一駅と西へ枝分かれしていく支線がある。中野新橋、中野富士見町、そして終点の方南町。地図で路線図を眺めると、この支線だけが不自然にちょこんと飛び出しているのがわかる。鉄道ファンは、こうした行き止まりの短い支線を大腸の一部からぴょこんと飛び出た盲腸になぞらえて「盲腸線」と呼ぶ。


 私は中野区民で、丸ノ内線の沿線に住んでいる。われわれ地元民には、中野坂上駅から方南町駅まで延びる盲腸線について、まことしやかに語られるウワサがある。


 それは、「方南町には立正佼成会の本部がある。中野坂上から延びるこの路線は、立正佼成会の信者さんのためにつくられた……」というもの。


 最盛期は信者数約650万人(公称)といわれた巨大な新興宗教の立正佼成会。その本部は確かに方南町駅から徒歩圏内にある。だから、なんとなく信憑性があるようにも思える。私も長くこのウワサを信じてきた。実際のところどうなのか、鉄道ジャーナリストの小川裕夫さんに聞いた。


 「確かに地元ではそんなウワサがあるようですが、まぁ、関係ないですね。そもそも丸ノ内線の中野坂上から延びる路線は、中野富士見町駅付近の車両基地へアクセスするために1961年に建設されたものです。つまり、始めは中野坂上駅から中野富士見町までの盲腸線だったわけです」(小川裕夫さん)



■住民からの要望があったというが…


 その後に、方南町の住民から、「どうせならこちらまで延ばしてほしい」という要望があり、路線の延伸が決まったのだという。


 「方南町駅は、それまであった路線を引き継ぐ形で、62年に開業しました。丸ノ内線の本線は6両編成なのですが、方南町駅発着の列車は長らく3両編成が中心でした。一方、車両基地のある中野富士見町駅から本線方面へは、朝夕を中心に6両編成も運転されていました。方南町駅は6両編成を安全に発着させるための設備が整っておらず、利用者は原則として中野坂上駅で乗り換える必要があったのです」(小川さん)


 しかし、方南町まで線路が延びたおかげで、この街のブランド価値が上がり、人口も増えてきた。それに伴い、駅の改良工事も行われた。


 「それまで短かったホームを、約7年をかけて延伸して、6両編成の発着に対応させ、2019年7月に、新宿・池袋方面からの6両編成による直通列車が誕生することとなりました。盲腸線が延びることで、その街が発展するという例は全国にいくつもありますが、方南町はその好例ですね」(小川さん)


 中野坂上から方南町までの盲腸線は、鉄道会社の都合と、方南町住民の要望が重なり合ってできた路線ということだ。ただし、まだ私の疑いは晴れていない。それについての詳細は後ほど語ることにして、まずは街の様子を見ていくことにする。




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 少し歩き疲れたので、駅の近くにある「Cafe & Bar Bell (杉並区和泉4-50-12)」で、一息入れることにした。店主の古川大輔さんは生まれも育ちも方南町だ。


 「73年に母親が喫茶店として開業して以来、その後はブティックに衣替えして、長くやっていたんですが、18年12月に再び喫茶店(夜はバー)へと業態を戻しました。昼間はコーヒーや軽食を出し、夜は酒を飲めるカフェ&バーという形です」(古川さん)


 一杯ずつ丁寧にサイフォンで淹れるコーヒーは、若い頃に地元の喫茶店で修行した味だ。古川さんは、方南町の街の気質を「下町的な親しみやすさ」と表現する。


 「方南町の場合は、外で飲食をしてきても、最後に地元の店へ戻ってきます。渋谷や新宿で遊んでも、帰りにもう一杯、地元の店に寄っていく。そんな人間関係の近さが、この街には今も残っているんですよね」(古川さん)


 試しに、古川さんに「方南町駅は立正佼成会の本部があるからつくられた」という例のウワサについて聞いてみたのだが、「えー、そんな話があるんですか、申し訳ないけど聞いたことがないですね。それは単なる都市伝説でしょう」と、一笑に付されてしまった。


■宗教ジャーナリストの見解


 それでも諦めがつかない私は、宗教専門誌の編集長として立正佼成会の取材を続けてきた小川寛大さんに聞いた。


 「そういうウワサがあること自体は私も知っているけど、事実ではないでしょうね。そもそも時系列が合わない。立正佼成会の創立は38年。一方、中野坂上と方南町を結ぶ丸ノ内線分岐線が開業したのは62年でしょ。教団創立から実に24年も後のことです。また、駅のすぐ近くに大聖堂が建っているわけでもなく、少し歩かなければならない。そうした立地からも教団と駅に直接の関わりがあるとは思えません」(小川寛大さん)


 がっかり気味の私に向かって、小川さんはこう付け加えてくれた。


 「それでも、街にとって立正佼成会の存在は大きいと言えます。この教団は良くも悪くも”おとなしい団体”なんですよ。かつて広大な敷地の中に”普門館(ふもんかん)”という立派な音楽ホールがありました。世界の超一流の交響楽団が来日公演を行ったり、高校生たちの吹奏楽甲子園の会場としても使われるなどしていたのですが、今は取り壊されてただの広場になっています。


 商魂たくましい教団であれば、ここを売っぱらって……みたいなことを考えるのかもしれないけど、立正佼成会はそうしたことはやりません。そんな教団がどーんとあるからこそ、方南町はタワマンが建ち並ぶようなガチャガチャした街にはならないんですね」


 どうやら例のウワサは単なる都市伝説だったようだ。でも、今となってはそんなことはどうでもいい。取材を通して、私はすっかり方南町の魅力に取りつかれてしまった。前出の金ちゃんは「毎月文化祭があるような街なんですよ」と笑う。そんな雰囲気が嫌いじゃなければ、方南町は住むとちょっといい街だ。

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