「一昨日まで僕、大学生だったんです」
本サイト記者がLINE電話を通じて3月25日(日本時間)に行った取材に明るい口調でこう応えるのは、日本から1万3700キロ離れた先にあるガーナで暮らす猪爪雅也さん(24)。現在、猪爪さんは1か月前に開店したばかりだというラーメン店『MANPUKU RAMEN BAR』の店主を務めている。
■【画像】“極太チャーシュー”の大迫力!24歳日本人男性がガーナで作る“二郎系ラーメン” 東洋大学国際観光学部を卒業したばかりの彼は現在、ラーメン用のアルミ鍋を前にして額に汗を浮かべ、てぼ(ラーメンの麺を湯切りするためのザル)を片手に奮闘する日々だ。
大学を卒業したばかりの猪爪さんはなぜ、ガーナでラーメン店を開業することになったのか——。本サイトではその足跡を追った。
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猪爪さんが“てぼ”を海外で振るうことになった原点は高校時代にあるという。
「僕は宮城県の出身なんですけど、高校生のときから“サラリーマンとしては働けないな、自分がワクワクすることをしたいな”と思っていました。どうせ大人になるなら外の世界を見てみたいと思っていたんです」
そんな猪爪さんだが、高校3年生になるまで1人で旅行をしたことは無かったという。転機となったのは高校3年生の夏休みだ。
「地図を見て1番離れている場所が沖縄だと気付き、場所を変えれば新しいことが見つかるのではないかと思い、琉球大学のオープンキャンパスに行ったんです。
人生初のひとり旅は刺激的でした」
初めて飛行機に乗って目にする外の世界はすべてが新鮮だったという。そんな旅先で猪爪さんは一軒のラーメン店と出会う。
「今は閉店してしまったんですけど『Yume Wo Katare Okinawa』という二郎系のお店です。売り上げ目標を立てないで、店内でお客さんが1か月で何個“夢を語ったか”っていうのを経営目標に掲げているお店だったんです。将来は自分がワクワクすることを仕事にしたいと思っていた自分には、そのときの経験が凄く刺さって。“もっと外の世界を見てみたい”、“知らない世界を知りたい”って思うようになりました」
そんな猪爪さんは大学入学後に都内の早稲田にある『Life is Better…from Yume Wo Katare』でアルバイトを始めることになる。1年半ほどアルバイトをし、ラーメン職人としての腕を磨いた猪爪さんは、大学3年生の2023年夏のタイミングで自身の“夢”であった海外放浪の旅へと出かけることになる。
■猪爪雅也さんが二郎系ラーメンに手応えを感じたワケ <button aria-label="前へ" disabled="" class="sc-1cmuo3x-3 ecmcqM" data-cl_cl_index="30" style="border-width: 1px; border-style: solid; border-color: rgb(187, 187, 187); font-family: inherit; font-size: 16px; line-height: inherit; overflow: visible; background: rgb(232, 232, 232); color: rgb(170, 170, 170); padding: 0px; outline: 0px; position: relative; width: 18px; height: 18px; border-radius: 3px;">
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2年間で猪爪さんが訪れた国の数は46。フィリピンでの短期間の語学留学から始まり、その後は8か月間オーストラリアでワーキングホリデーを経験。そこで貯めた300万円ほどをその後の旅の資金にしたのだという。
オーストラリアでの経験は、猪爪さんの人生を大きく動かした。世界中から来た出稼ぎ労働者が集まる安宿に住み、宿泊客たちと長い机を囲んでは、それぞれが持ち寄った食材で一緒に食事を作ったのだという。
「20個くらいコンロが並んだ厨房を使って、自分が日本で覚えた二郎系ラーメンを振る舞ったんです。すると、国も言葉も違う人たちが、驚くほど素直に喜んでくれました」
その光景が、いまの挑戦につながる原点になったという。
「ラーメンを食べたら皆の顔が“パッ”と明るくなって、日本に興味を持ってくれたんです。日本の魅力を世界に伝えるなら“食”だなって思いました。目の前の人がお腹いっぱいになって喜んでくれて、日本のことまで好きになってくれたら、こんなにうれしいことはないですよね」
その後、旅を重ね世界を周るうちに、猪爪さんの中で思いははっきりしていった。ただ外の世界を見て回るだけではなく、自分の手で日本の魅力を伝えたい。しかも、自身が作る極太麺に野菜がたっぷりとのっかった、豚骨しょうゆ味の二郎系ラーメンは海外の人にも意外なほどウケがいい。
その手応えが、「ただ、旅をしたい」という猪爪さんの“夢”を「海外でラーメン屋台をやりながら旅を続ける」という現実的な“目標”へと変えていった。
猪爪さんが思い描いた海外でのラーメン屋台事業が実現へと向けて動き出したのは、帰国後まもない25年3月のことだった。アフリカのガーナで唐揚げ店を経営する実業家の関根賢人さんと出会ったのだ。
当時、関根さんは、現地で唐揚げの屋台事業を展開しながら、日本の食を軸にした新たなビジネスの可能性を探っていた。
2人は出会うと意気投合。関根さんに「ガーナで物件がひとつ空いているんだけど、ラーメン店をやらない?」と声をかけられた猪爪さんが、その場で「もちろん」と即答したことで猪爪さんの“ラーメン店主”人生がスタートする。
そのときのことを猪爪さんはこう振り返る。
「旅の途中から、“そのときある選択肢の中で一番面白そうなものを選ぶ”と決めていました。その決断軸に従ったときに、ガーナで二郎系ラーメン屋をやる以上に面白そうな選択肢は今の自分の人生にはないなと思ったんです」
こうして猪爪さんは、西アフリカのガーナへと向かうことになる。アメリカでは大人気の一蘭もイギリスやフィリピンなど12もの国で店舗を展開する一風堂も足を踏み入れていない“ラーメン未開の地”アフリカ。そこで猪爪さんを待ち受けていたのは予想を超えるトラブルの数々だった——。
【後編】「豚骨の臭いに野良犬」「営業初日に停電」24歳日本人男性がガーナで開いた1杯2800円の二郎系ラーメン店が満席になるまででは、ガーナでラーメン店を開店するまでの間に猪爪さんが経験した紆余曲折を語っている。
(取材・文/久保純)
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